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私は今まで検定員、しかも主任の立場で受験者たちと接してきた。

当然、みんなが合格をしてくれることを祈って検定を運営してきたつもりだ。

ひとりひとりに声をかけたい気持ちはあっても、誤解を招かない検定員の姿勢を貫かなければならない辛い思いも多くしていた。

が、今回は受験者のサポーター的感覚で初めて検定をみることができた。

私も受験を重ねて現在に至っているため、受験者の気持ちはよくわかる。

検定員の気持ちもわかる。

だからできるだけ検定員とは離れてスタンバイしたのだが、

自然に受験者達が私のまわりに集まってくれるようになった。

本当に嬉しかった。

この子達の力になりたいと本当に思った。

検定受験におけるコンセントレーションは競技とはまた違った独特なものがある。

声をかけれるところでは精一杯に応援メッセージを送ったつもりだった。

最初私に声をかけられた受験者たちの驚いた顔が今も脳裏に焼きついている。

驚きの表情からリラックスした笑顔にかわった受験者の表情も脳裏に焼きついている。

みんな頑張れ! 検定を楽しめ! 精一杯に声をかけた。

ゲレンデで一緒にすべったみんな。風呂で出会って色々話したみんな。

すべてが最高にハイレベルのスノーボーダーだったように確信している。

そんなみんなに、“頑張れ”と共に“ありがとう”と伝えたい。

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1月20日 久々のボードレッスンがあった

久々が少し気になった どんな生徒さんと向き合うのかな

最初の顔会わせと挨拶

その時の生徒さんの表情に思わず一安心

さぁスクールスタート

生徒さんの反応、表情の変化に神経を集中する

つかみはOK! 後はリラックスの中で講習を進めていく

最初は疑問顔 やってみよう顔 びっくり顔 出来ちゃった顔 笑顔 笑顔

素敵な生徒さんで良かった

あたし自身 次へ繋がるものを得ることが出来た楽しい時間でした

 

慣れ とは恐ろしいと最近思う。

秋からバイク通勤になった。

最初は滅茶苦茶こわかった が、今は車の間をすり抜け道路中央を突っ走り、気がつけば50㌔間近で走行しているではないか。。。。きっと車に一番嫌がられるバイクやと思う。

でも、慣れない部分もある きっと 冬の寒さにはむかつくだけかもしれない

あぁぁぁぁぁぁ いややなぁ 寒いの

 

1993~94年シーズン。

初めてアルペンを履いた。ここから私のALPAIN LIFEが始まる。

フーガーブーガーのボードとライケルのブーツ。

この頃のライケルにはサーモインナーなんてものはなく、

足の甲が痛くって痛くって紫色に腫れていたことを覚えている。

なぜアルペンに変えたのか? 

それは昨シーズンの終わりごろのことだった。

 

その頃の私は、まだスノーボードをサーフィンの延長としか考えていなかった頃で、

内倒ターンで鼻の穴をプクプクにし、自分で “ うまい!”ってナルっていたのだ。

(どうやら15年前からNALUの種は芽を吹き始めていたようだ。)

そこにカマちゃんことオフザウォールオーナーの三口氏が登場して、

緩斜面をショートもどきで滑りながら抜いて行ったのである。

私は抜きかえしてやろうと直滑降で追い始めた。

が、直滑降をしているはずの私よりターンを続けているカマチャンの方が圧倒的に早く、

その距離はドンドン広がっていった。

スノーボードで2度目の悔しい思いをここですることになる。

カマチャンのマテリアルはアルペン。

私にアルペンのルーツを植え込んだのはカマチャンだったのです。

 

話を戻して93/94シーズン、1月後半のこと。

カマチャンからバッチテストを受けてみようかという話になった。

“バッチテスト?” 何じゃそれ! 

興味も知識もなく、言われるままにJSBAに入会し、白馬乗蔵のわらび平にあった

AZスノーボードスクールで2級のテスト受験と事前講習の申し込みをしていた。

スノーボードスクールの存在すら知らなかった私だけに、

何も知らないままで受けるバッチテストの事前講習。

これを受けた方が合格点が甘くなるんやと勝手に勘違いしていたことも覚えている。

初のスクーリングが始まった。担当インストラクターは塩見と名乗っている。

(この塩見嘉徳とは数年後に出会うこととなる。)

知識も皆無に等しかった私にとっては、塩見インストラクターが話す内容の

...

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先日 とある団体の学科試験があった。

考えてみれば日常では文字を書く事が少なくなっている。書くとしても同じような文字ばかりでほとんどがPCや携帯メールになっている。

文章の漢字は読める が 漢字は書けない。。。。。。

案の定、学科試験回答では以前は書けていたはずのものがすっと書けない。

また一つアホが進んだ気分だ。。。。。。寒い

我が家には猫がいる

ピグ 短毛 帰宅する猫 バルとは姉妹

バル 長毛 3軒隣で飼われている猫

さくら 短毛 血統書付のアホ猫

 

ある朝の母との会話

 

チャンモメ : ピグももう11歳(年)やなぁ

  母     : そうや 翔太(孫)と一緒やわ

チャンモメ : 病気もせぇへんし 丈夫な子や

  母     : キョセイ手術のときだけやな

チャンモメ : バルもやな

  母     : そうや!? バルもピグと同じ歳やったな

         あの子の方が若く見えへん?

チャンモメ :..........無言 (若くって あぁた 猫やで)     

まずは、早速のblog提供ありがとございました。

先日の夕飯は焼き飯でした。食すると甘いコリコリが...おシンコウ(黄色の)だった。

チャンモメ : (また、期限切れか?) とりあえず美味しくいただきました。しばらくすると弟が帰宅。

チャンモメ : 今日(焼飯)のは また 変わってるで

  弟   : ん? (一口後) 食感を楽しむんやな (マジ顔で)

チャンモメ : い"っ.....(あの母にしてコイツあり....)

初めてスノーボードを履いたのは1992年12月の御岳だった。

それまで “ オバQ ” のような形をしたスノーサーフィンってヤツをしたことはあったが、

基本的には明けても暮れてもサーフィン三昧・・・。

しかし寄る年波と雪の降っている海に入る気合にも限界もを感じていたため、

サーフィンの冬場のトレーニングと思って始めたのがきっかけだった。

初めてのボードはバートンのアシムエアーにソフトブーツ。

はっきり言ってナメていた。 

滑るどころかコケてコケてコケまくり、そっこらじゅうにアザアザアザ・・・。

おまけに全身筋肉痛と右ひざ捻挫ときたもんだ!

悔しくって悔しくってそれから毎週のように山へ出かけるようになった。

これがスノーボード “ バカ ” の始まりで、15年目を迎える今シーズンに至っても

 バカ につける薬が見つかっていない

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